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大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)552号 判決

控訴人 被告 兵庫県知事 阪本勝

指定代理人 矢田敏夫 外二名

補助参加人 中西弥一 外四三名 代理人 堀川嘉夫

被控訴人 原告 田中栄一 外四三名

訴訟代理人 浜野徹太郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用中参加により生じたものは参加人の負担とし、その他は第一、二審とも全部控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の主張は、被控訴人の方で、

第一、自作農創設特別措置法の廃止によつて本訴請求の訴の利益が消滅するものではない。特定の法律が廃止せられたからといつて、その法律に基因して創設せられた権利が直ちに消滅するという飛躍的結論は当らない。そのように解すると、法の秩序は破壊せられ国民生活は不安に陥る恐れがある。良元村農地委員会は措置法により農地を被控訴人に売り渡す計画を議決した。この売渡決議は特定の行政処分であるから、この決議に表示せられた被控訴人は、各特定の農地の売渡を受けるべき期待権を得るに至つたのである。このようにして成立した被控訴人に利益を与えるこの権利は、措置法の存在とは別個の存在と利益とを有するものであつて、同法の廃止によつて消滅するものといえない。法律の制定によつてこの利益を奪うことは憲法上許されないことである。県農地委員会は前示良元村農地委員会の売渡計画を取り消すという不当な裁決をした。この不当な裁決がそのまま確定すれば被控訴人は前示期待権を喪失する結果となるから、本訴によつてその保護を求めようとするものである。本訴の終局の目的はこの不当な裁決の取消によつてこの権利の保護を求めるものであり、ここに当然訴の利益は存在する。

更に他の論点から考えるに、本件裁決の取消を求める訴はいわゆる創設判決を求めるものである。本件裁決を取り消す旨の原判決或いは被控訴人主張のように裁決を無効とする判決が確定すれば、

何等の行為をまたないで裁決はその法律上の効力を失い、第三者にもその効力を及ぼすのである。原判決と同趣旨の判決が確定すれば、ここに裁決は取り消され、被控訴人を売渡の相手方とする売渡計画は何等の行為をまたないで確定する。この場合良元村農業委員会は農地法施行令の示すところにより売渡計画を県知事に進達すれば足り、農業委員会を受け継いだ県知事は売渡計画を承認し売渡通知書を被控訴人に交付しなければならないのである。従つて被控訴人の本訴請求は売渡計画による期待権の保護を求める訴訟目的が存在し、訴の利益を有するものである。

もつとも、本件売渡計画について未だ承認がなされず、売渡通知書の交付がなされていないことは認める。

第二、本件訴願を容認した裁決を取り消す旨の原判決が確定すると、確定判決はその事件について関係の行政庁を拘束するから、本件裁決は遡及してその効力を失い地区農地委員会の立てた当初の売渡計画の効力は確固不動のものとなり、この計画に承認を与え、売渡通知書を交付しなければならないものであつて、地区農地委員会が改めて売渡計画を立てるべきものではない。訴願の裁決に対して直ちに訴を提起できることは疑を容れない。

第三、被控訴人は本件農地を自作又は小作していたものであつて、川西航空機株式会社及び東洋ベアリング製造株式会社に買い上げられた際、これを海軍の重要施設建築敷地として使用する必要がなくなれば買い戻す旨の買戻約款附売買が成立した。良元村農地委員会はこの事情を熟知し、被控訴人の買戻権を尊重し、被控訴人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたものである。同委員会は農地制度改革という画期的な政策遂行を任務とする行政庁であつて、その立てた売渡計画は売渡の相手方と定めた者に利益を与える行政処分であり、この利益は事実上の利益でなく、法律によつて保護せられるべき利益である。被控訴人は同委員会の売渡計画により本件農地について前示利益を中心とする権利を取得するに至つたものである。控訴人も、売渡計画によつて売渡の相手方と定められた者に法律関係の発生することを肯定し、これを期待権と称した程である。本件裁決によつて、被控訴人の右のような権利の侵害されることはいうをまたない。

第四、本件訴願の裁決には裁決書の原本が存在しない。裁決は判決と異り言渡の手続がなされないから、裁決書の原本を作成し且つ、裁決書の謄本を訴願人に送付することを要する(自作農創設特別措置法施行規則第四条第二項)。裁決書の原本は、裁決書という書面に作成の日附と県農地委員会代表者会長又はその代理者の署名又は記名押印を必要とし、この形式を完備しなければ裁決書の原本といえない。謄本は既に作成せられた原本を一字一句の相違なく正写し、これを認証しなければならないから、謄本は絶対的に原本の存在を必要とする。控訴人が裁定書として提出した甲第二十号証の一から二十九までは、署名も押印もなければ契印もない謄写版刷りであつて、裁決書の原本ということはできず、裁決書の原本は、存在しないのである。裁決書の謄本の送付後に至つて、行政庁の内部において裁決書の控を補充し形式を完備して原本とすることは許されない。昭和二十三年十月十三日附で参加人に本件裁決書謄本の送付せられた当時完備した原本の存在しなかつた以上、本件裁決は違法で取り消されなければならない。

第五、控訴人の事実に関する主張は重要の点において、(1) 原審の答弁書、(2) 原審の昭和二十六年二月九日附準備書面、(3) 当審の第一から第四までの準備書面の陳述により、再三訂正変更されており、その主張の根拠のないことを裏書するに外ならない。例えば川西航空機株式会社から借り受けた主体について、(1) は小林農事実行組合といい、(2) は良元村長といい、(3) は又前示組合という。使用貸借か賃貸借かについて、(2) は前者といい、(3) は後者という。同組合と同会社との使用契約が存続しているかどうかについて、(1) は買戻組合の結成により従来の耕作者が耕作権を放棄することによつて消滅したといい、(3) は買戻組合結成による耕作者の変動にかかわらず依然存続しているという。契約成立が黙示かどうかについて、(1) は黙示の内に使用貸借が成立したといい(2) は賃貸借契約が締結されたというが如きものである。

参加人の本件農地使用関係は休閑地利用に過ぎず、無償であつて、控訴人主張の作物は僅少であり、謝礼に過ぎず、土地使用の対価ということはできない。又川西航空機株式会社及び東洋ベアリング製造株式会社は農事実行組合に対し、会社が必要の際は何時でも返還を請求する条件で一時使用を許したものに過ぎず、両会社とも一切の法律上の拘束を受けない一時的仮定的のものである。終戦前両会社はその軍需工場が激しい爆撃にさらされ空地の処置等を考える余裕もなく、終戦後はその会社自体の存続さえ危ぶまれ、土地に関する立法の動揺期に直面し、一方当時最も緊急の必要であつた食糧増産の要求とあいまつて、空地を一時的に耕作するという過渡的の便宜な休閑地利用という現象が発生したものであつて、参加人の本件土地に対する関係もこの休閑地利用であり、耕作の業務を営む小作農にあたるものではない。

控訴人主張の日に兵庫県農業会議の成立したことはこれを認めると述べ、

控訴人及び補助参加人の方で、

第一、被控訴人が取消を求めている本件裁決は農地法の施行により消滅したから、本訴請求は目的の消滅により棄却せらるべきものである。すなわち、良元村農地委員会は自作農創設特別措置法に基いて昭和二十三年八月二十三日本件農地について売渡計画を立てたのであるが、その売渡計画において売渡の相手方を被控訴人と定めてあつたので、参加人はこれに対し異議の申立をしたが却下されたので兵庫県農地委員会に訴願したところ、同委員会は参加人の訴願を認容する裁決をしたから、この裁決によつて売渡計画は取り消されたものであり、従つて売渡計画の承認もなく、売渡通知書の交付もなかつたものである。ところが農地法(昭和二十七年法律第二二九号)は同年十月二十一日施行せられ、同時に自作農創設特別措置法は廃止せられたが、この廃止された措置法による売渡の経過規定として定められた農地法施行法(昭和二十七年法律第二三〇号)第三条第一項の規定によると、農地法の施行前に措置法第二〇条(同法第二八条第四項若しくは第五項又は第四一条第二項で準用する場合を含む。)の規定による売渡通知書の交付があつた土地、権利又は立木、工作物その他の物件の売渡に関する効果、損失の補償、対価の徴収、訴訟、登記、土地台帳法の適用等については、なお従前の例によると定めておる。

この規定の趣旨は措置法により売渡手続中のものの経過規定であつて、これについては農地法施行までに既に売渡通知書の交付が終つているかどうかを境目とし、その交付が済んでいないものはあらためて農地法によつて売り渡すこととし、その交付が済んでいるものだけはその後の効果等は総て措置法の規定によることとしたのである。その交付の済んでいない理由を問わない。ここで農地法施行までに売渡通知書の交付が済んでいないものは、あらためて農地法によつて売り渡すことにした趣旨は、農地法の施行によつて従前の措置法に従つてなされた売渡手続中の各個の行為すなわち、地区農地委員会の定めた売渡計画と公告、異議についての決定、訴願についての裁決、承認等の総ての行為の効果は消滅するという建前をとつたのである。本件農地は農地法施行当時従前の措置法により売渡手続中であつたが、売渡通知書の交付されるに至らなかつたものであるから、地区農地委員会の立てた売渡計画及びこれに対する訴願について兵庫県農地委員会のした訴願認容の裁決は、いずれも右規定の趣旨に従つて農地法施行と同時に消滅したものである。従つて右裁決の取消を求める被控訴人の本訴請求は、目的消滅により訴の利益を欠くに至つたから、棄却せられるべきものである。

第二、本件裁決の趣旨に従つて地区農地委員会があらためて参加人を売渡の相手方とする売渡計画を立てたとき始めてこの計画に対して不服申立をすることができるのであつて、被控訴人は本件裁決があつたというだけではこれに対してその取消を求めることはできない。元来売渡処分は、下級行政庁の売渡計画を基点として異議却下、決定、上級行政庁の訴願の裁決、承認から売渡通知書の交付に至る段階的に発展する一連の各個の行政処分で構成されるから、そのいずれかの行政処分に違法又は無効の欠点があれば、売渡処分は効力を失うに至る。被控訴人は本件裁決の違法又は無効を主張するものであるから、その欠点は直ちに売渡処分の違法又は無効をもたらすものであつて、裁決の部分のみの欠点に止まるものではない。このようにして当初の売渡計画も自滅するから、地区農地委員会は改めて売渡計画を立て直す外はない。地区農地委員会が本件裁決の趣旨に従つて参加人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたとき、ここに始めて被控訴人は異議、訴願、訴の提起をすることができるのであつて、本件裁決があつた段階では被控訴人の権利を侵害することとはならず、その取消を求めることは許されないのである。

第三、被控訴人は本件裁決によつて直接具体的にその権利を侵害されているものでないから、その取消を求めることはできない。もともと売渡計画それ自体は委員会が法規に基いて売渡の相手方を定める手続であつて、売渡の相手方と定められた者も、売渡計画によつて実体法上何等かの権利を与えられるものではない。ただ委員会の立てた売渡計画において売渡の相手方と定められなかつた者の内で、自作農創設特別措置法施行令第一七条第一項第一号から第六号までの規定により売渡の相手方と定められるべき者、すなわちその農地について賃借権使用貸借による権利等に基いて耕作していた者は、売渡計画において他の者を売渡の相手方と定められたことによつて、その農地について自己の有する賃借権等の権利が直接侵害されたこととなる。これに反し同施行令第一七条第一項第七号(元第五号)の規定により売渡の相手方と定められ得るは、その農地について賃借権等の権利に基いて耕作していた者でないから、売渡計画において他の者を売渡の相手方と定めたとしても、実体法上自己の有する権利を侵害せられたことにならない。被控訴人は本件農地を賃借権等の権利に基いて耕作していた者でなく、良元村農地委員会は売渡計画において同施行令第一七条第一項第七号の規定により被控訴人を売渡の相手方と定めたものであつて、若し同委員会が当初から売渡の相手方を被控訴人とせず参加人と定めたとしても、被控訴人は何等権利を侵害されたこととはならない。ただ本件において同委員会が一旦被控訴人を売渡の相手方として売渡計画を立てたのに、訴願の裁決においてこの売渡計画を取り消したものであるから、あたかも被控訴人は当初の売渡計画によつて何等かの権利を取得したように見えるけれども、売渡計画自体は売渡の相手方と定めた者に対し何等の権利を与えるものでなく、売渡計画が取り消されることなく進展し売渡処分が完了した場合に始めて農地の所有権を取得するに至るものである。上級行政庁である県農地委員会が、下級行政庁である地区農地委員会の立てた被控訴人を売渡の相手方とする売渡計画を取り消す旨の裁決をすると、原処分である売渡計画は消滅し、あたかも当初から売渡計画において被控訴人を売渡の相手方とせず、他の者を売渡の相手方とした場合と何等異るところはない。従つて被控訴人は本件裁決によつてその権利が侵害されるということはないのである。

第四、本件訴願の裁決は、適法な議決手続によつてなされたものであるから、裁決書の原本としての適法な形式を備えていなくても、既に備えつけてある裁決書の控を行政庁内部の手続において裁決書の原本の形式に適合するように補正し、それに基く裁決書の謄本を訴願人に送付すれば足りるのである。このような是正補足し得る形式上の違式は実質的に訴願裁決の違法無効をもたらすものではない。

第五、原判決に記載せられた控訴人主張事実(二)(2) (ろ)の内、(1) に次の(一)を補充し、(II)(III )を全部撤回し、次の(二)(三)を主張する。

(一)  原判決添付目録(一)記載の各農地は川西航空機株式会社が昭和十六年頃軍需工場建設の目的で買収した東蔵人、西蔵人、鹿塩の三農事実行組合の地域に属している総面積約五十町歩の農地の一部であつて、その所有者は売買代金を、小作人は離作料を同会社から受け取り、所有関係と小作関係とは解消したのである。東蔵人農事実行組合は同目録(一)記載の農地を同会社からその希望により賃料物納の約束で賃借し、同組合の責任で耕作希望者に耕作地を割り当て耕作することとしたのである。同組合は公法人であつて、同会社から借り受けた本件農地を組合員に耕作させることは、同組合規約第六条によつたもので、農業生産力の増強と組合員共同の福利増進を企図することであつた。同組合が同会社に対し右農地の賃料として物納したものは、昭和二十一年六月、十一月にじやがいも四十貫、さつまいも四十貫、昭和二十二年六月にじやがいも四十貫であつた。

(二)  原判決添付目録(二)記載(東畑のものを除く。)の各農地は川西航空機株式会社が昭和十七年頃軍需工場拡張の目的で買収した小林農事実行組合の地域内にあつた総面積約十五町歩の農地の一部であつて、その所有者は一坪十一円五十銭の割合の売買代金を、小作人は一坪五十銭の割合の離作料を同会社から受け取り、所有関係と小作関係とを解消し、完全に同会社に引渡を終つた。同会社では右約十五町歩の農地の内約二町四反の部分に工場を建設したが、本件農地を含むその他の広い部分は、僅少の面積に同会社の従業員が菜類を作る外は放置され雑草の生えるに任せてあつて、工場の建設される見込もなかつた。当時良元村としては前示のように約五十町歩と約十五町歩の農地を買収せられ農地の不足に困つていたので、昭和十八年一月頃同村村長妹尾[石良][石良]は同会社に対し同目録(二)記載(東畑のものを除く。)の中央部の農地を小林農事実行組合に貸与方を交渉しその承諾を得た。そこで同組合では理事会を開き借受の方針を決定した上、同組合長平塚喜一郎は小林部落会長友金宗太郎、妹尾村長とともに昭和十八年一月頃同会社宝塚工場に行き、同工場責任者斎藤明親、総務部長沼尻浩、厚生課長に面接し、同組合が同会社から同目録(二)記載(東畑のものを除く。)の中央部の農地を賃借し、同組合はその責任の下にこれを農業用の耕作に供し、同会社の必要により明渡の請求があつたときは同組合において責任を以て直ちに明け渡すべく、同会社の要求により物納賃料として反当り米ぬか五升、わら二十貫の割合で支払うことを約した。その際同会社は貸与する農地の図面を準備し、同組合代表者に渡した程である。

原判決添付目録(二)記載の内東畑の農地は同会社が昭和十八年頃買収したものであるが、同年中同組合は同会社から前同様の約束でこれを賃借した。その後元耕作者に耕作させたが買戻組合の結成に伴い耕作者の整理交替により参加人が耕作した点は後述(三)と同様である。同組合では直ちに同目録(二)記載(東畑のものを除く。)の中央部の農地を十三に区分し十三の各組ごとに共同耕作を始めた。その後同会社から同組合に同目録(二)記載(東畑のものを除く。)の農地で既に賃貸した部分の北側及び南側にある部分も前同様の約束で貸与する旨申出があつたので、同組合はこれを賃借し、直ちにこれを十一に区分し、十一の各組ごとに共同耕作を始めた。

この状態は昭和十八年から昭和二十年度の米作終了まで続いたものであつて、同組合は昭和二十年までの間各年末に同会社厚生農場に約定の賃料である米ぬか、わらを納入した。

昭和二十年七月頃同会社の工場は空襲で焼失し右農地に工場を建設する見込もなく、同会社が農地を買収した目的もなくなつたので、旧所有者は同会社から買い戻すことを相談し、買戻に関して同組合は妹尾村長に依頼して同会社と交渉を始めた。そして買戻を希望する者八十七名で買戻組合を結成したのであるが、これは前示共同耕作関係とは全く別個のものであつて、又小林農事実行組合員に限らない。買戻組合結成のことは関係者全員に周知徹底され、いやしくも加入を希望する者は総て加入することができた。そして買受希望者の内買受の順位として、第一に元所有者、第二に元耕作者、第三にその他の者とし、又買受希望の面積に応じて一坪当り十円の割合で積立をすることを組合加入者全員で申合をしたのである。

このように買戻組合が結成せられたので小林農事実行組合では昭和二十年十月頃同年度の米作の共同耕作終了と同時にその後作については共同耕作を止めることに決定し、その旨の立札を立てたのである。各個人別に耕作地の割当をするについては、前示買受の順位に基き共同耕作をしていた農地全体について、買戻組合の加入者中、元所有者があればこれを第一順位とし、元所有者がないときは元耕作者を第二順位とし、元耕作者もないときはその他の者を第三順位とし、それぞれ各個人別に耕作地を割り当てることとなり、参加人等は同年十一月頃各耕作地について円満に引渡を受け個別に耕作を始めた。しかしながら小林農事実行組合と同会社との間の賃貸借関係には何等の変動なく存続し、この耕作関係も継続して、昭和二十二年八月五日の買収計画の日及び同年十月二日の買収の時期に至つたのである。その間同組合は同会社から賃貸借を解消する手続をとられたことなく、参加人等は右共同耕作又は個人別耕作について同会社から異議の申出を受けたことはない。右農地は買収計画当時自作農創設特別措置法にいわゆる小作地であり、参加人は買収の時期において右農地について耕作の業務を営む小作農にあたることは、疑問の余地がない。

(三)  原判決添付目録(三)記載の各農地は川西航空機株式会社が昭和十八年(二)で述べたのと同様の目的で買収した小林農事実行組合の地域内にあつた総面積約五町歩の一部であつて、その所有者は売買代金を、小作人は離作料を受け取り、所有関係と小作関係は完全に解消した。その後同会社は右農地を東洋ベアリング製造株式会社に売り渡したが同会社は買受後工場等を建設することなくそのままにしてあつたので、同組合は妹尾村長の世話で(二)で述べたのと同様、東洋ベアリング製造株式会社から右農地を賃借し、同会社の必要により返還の請求があつたときは同組合は責任を以て直ちに返還すべく、同会社の要求により賃料を物納として反当り米一升の割合で支払うことを約した。その後同組合ではその事務所に取立に来た同会社に対し約定の賃料を納付して来た。この農地について同組合では組合員の共同耕作とせず、組合員個人別に割当耕作をさせることとし、一応元耕作者に耕作させた。ところがこの農地についても原判決添付目録(二)記載の農地と一括して買戻組合が結成せられたので、同組合においては従来の耕作関係を整理し、買戻組合の加入者に(二)に述べたような順位によつて割当耕作させることとし、昭和二十年十一月当時耕作していた全員に告知したところ、被控訴人の一部を含む耕作者全員は、何等の異存なく同組合の指示に従い、耕作者の交替が行われたのである。このようにして買戻組合に加入している参加人はその割当を受けた耕作地の占有耕作を始めた。その後耕作者の異動があつたが、いずれも同組合に申し出でられている。同組合と同会社との間の賃貸借関係も右耕作関係も、前示買収計画の日及び買収の時期まで継続しており、その間同組合は同会社から右農地の返還請求その他賃貸借解消の手続をとられたことはない。右農地は買収計画当時いわゆる小作地であり、参加人は買収の時期において右農地について耕作の業務を営む小作農にあたることは明らかである。

なお昭和二十九年八月二十日兵庫県農業会議が成立したので、本件訴訟は控訴人兵庫県知事がこれを受け継いだと述べた外、いずれも原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は次のものを除いて原判決事実記載のとおりであるからこれを引用する。

被控訴人は、甲第三十号証を提出し、当審証人西田利一、佐野博の各証言及び当審検証の結果を援用し、

控訴人及び補助参加人は当審証人田中九右衛門、沼尻浩、島川茂太郎、松井梅吉の各証言及び当審検証の結果を援用し、甲第三十号証の成立を認める。なお乙第十二号証の一から四までを乙第十二号証と訂正すると述べた。

理由

まず、本件裁決の取消を求める本訴請求は、農地法の施行によりその目的が消滅したものかどうかの争点について判断する。

良元村農地委員会が昭和二十三年八月二十三日原判決添付目録(一)(二)(三)記載の農地について自作農創設特別措置法の規定に基いて同目録記載の被控訴人に売り渡す旨の売渡計画を定めて公告したところ、同目録記載の参加人はこれに対し異議の申立をしたが棄却せられた。そこで参加人は兵庫県農地委員会に訴願したところ、同委員会は参加人に売り渡すべきものとして訴願を認容する裁決をした。被控訴人は右裁決の取消を求めて本訴を提起したものであつて、未だ売渡計画の承認もなく、売渡通知書の交付もない事実は当事者間に争がない。

ところで農地法(昭和二十七年法律第二二九号)の執行とともに、自作農創設特別措置法は廃止せられたが、この廃止せられた措置法による売渡の経過規定として農地法施行法(昭和二十七年法律第二三〇号)第三条第一項は、昭和二十七年十月二十一日農地法の施行される前に自作農創設特別措置法第二〇条の規定による売渡通知書の交付のあつた土地の売渡に関する効果、損失の補償、対価の徴収、訴訟、登記、土地台帳法の適用等については、なお従前の例による旨定めている。この規定は措置法により売渡手続中のものについての経過規定であつて、その趣旨とするところは、農地法施行の日までに既に売渡通知書の交付の段階に至つているかどうかを基準とし、この交付の終つているものについてはその効果は措置法その他従前の規定によることを定めるとともに、反面において売渡通知書の交付のなかつたものについてはあらためて農地法の規定に従つて売渡の手続を進めることとし、従前の措置法の規定に従つてなされた売渡計画、公告、異議に対する決定、訴願に対する裁決、承認等は総てその効力を失うことを定めたものと解するのを相当とする。元来農地の売渡は、次のような手続、すなわち、売渡計画の樹立に初まり、公告、縦覧、異議に対する決定、訴願に対する裁決、売渡計画の承認を経て、売渡通知書の交付に至る一連の行為によつてなされるものであつて、この売渡通知書の交付があると農地の所有権は国から相手方に移転するという法律効果を生ずる。売渡計画の樹立は売渡手続の最初の一段階に過ぎず、売渡通知書の交付の段階に至らなければ右の法律効果は生じない。売渡計画が自作農創設特別措置法に基いて樹立せられたからといつて、同法が廃止せられた場合においても、売渡手続のその後の段階における行為に対して同法を適用しなければならないものではない。本件売渡計画が従前の措置法の規定によつて立てられたものであつて、売渡手続を完結する売渡通知書の交付がなされるまでに措置法が廃止せられ、しかも従前の措置法の規定による旨の特別の規定が定められてない以上、売渡計画、訴願の裁決その他の段階の行為が効力を失うのは当然といわなければならない。このことは訴願の裁決に対する訴訟が係属中の場合であつても、特に規定の設けられない以上同様である。

被控訴人は、農地売渡計画によつて農地の売渡を受けるべき期待権を得たものであつて、この権利は措置法の廃止によつて消滅するものでなく法律の制定によつてこの利益を奪うことは憲法上許されない。右売渡計画を取り消した裁決を取り消すことによつてこの権利の保護を求める訴の利益を有すると主張するけれども、措置法の規定により売渡計画において売渡の相手方と定められた者は、売渡計画が取り消されることなく手続が進展すれば、売渡通知書の交付により農地の所有権を取得することが期待できる地位にあるけれども、まだ農地の所有権の移転を受けたものでなく、措置法を廃止した際特別の規定を設けない以上、被控訴人の措置法に基くこのような地位は当然消滅するものである。措置法を廃止した際これについて特別の規定を設けないことを以て憲法に違反するものということはできない。被控訴人の右主張は失当である。

そうすると、従前の措置法の規定に従つてなされた本件売渡計画、本件訴願の裁決は、農地法の施行とともにその効力を失つたものであるから、本件裁決の取消を求める被控訴人の本訴請求は、その目的の消滅により、その他の争点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却しなければならない。これと同趣旨でない原判決を取り消すこととする。しかし訴訟費用の負担については、当審において被控訴人の本訴請求を棄却したのは、控訴審係属後に農地法施行法が施行せられたことに基くものであつて、それ以外の点において被控訴人の本訴請求が失当であることは未だもつて認めるに足りないから、民事訴訟法第九六条第九〇条により、訴訟費用中参加により生じたものを除いて第一、二審とも全部控訴人の負担とし、参加により生じたものは参加人の負担とするのが相当である。そこで主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 松村寿伝夫 判事 熊野啓五郎)

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